宮崎県南部の鹿児島県との県境の町都城。古くから薩摩藩との関係も深く、古くはこの地を「島津荘」(しまずのしょう)と称し「惟宗忠久」(これむねだだひさ)が総地頭職となり土地の名である『島津』を名乗った(島津忠久 しまずただひさ)が島津家の始祖です。
幕藩時代は島津家分家の北郷氏(ほんごうし)私領でした。宮崎県第二の都市である都城はその歴史も古く、明治初期にはきわめて僅かな期間でしたが「都城県」【みやこのじょうけん 明治4年(1871年11月)~明治6年(1873年1月)】として県都でもありました。
ちなみに最近では「日本一有名な県知事」東国原知事もこちらの出身です。
その宮崎県都城市にある「島津荘総鎮守」の「神柱宮」(かんはしらぐう)。
創建は古く室町時代、島津荘の開拓のために大宰府より移住した平季基が、万寿3年(1026年)、天照大神の神託を受けて伊勢神宮より勧請したのに始まると伝えられます。
天照皇大神と豊受姫大神を主祭神とし、五柱の神を相殿に祀ります。
地元の崇敬厚い神社です。通称お神柱。かんばしらじんじゃ。
社域は都市部にあり「神柱公園」というこの神社を中心に整備された公園と続きになっておりかなり広大です。休日ともなると参拝者と公園で遊ぶ家族連れで大変にぎわいます。年末年始は大鳥居から数百メートルにわたり出店が並びます。
市民の憩いの場です。
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